特別ではない一日の中にある、猫との時間
朝、目が覚めると、ペリタロウはすでに起きていました。
わたしが布団から出るより先に、ごはんの器の前に座って、空の器をじっと見つめています。
声は出しません。
ただ、そこにいます。

ごはんを用意している間、足元をうろうろしたり、途中でやめて、また同じ場所に戻ったりします。
急かしているようにも見えるし、ただ確かめているだけのようにも見えます。
毎朝だいたい同じなのに、その日の動きには、その日の感じがあります。
食べ終わると、満足したようで、今度は爪とぎの上に移動しました。
決まって爪とぎの端っこで爪をとぎます。今日は、そのまま横になりました。
寝ているのかと思ったら目は開いていて、こちらの様子を静かに見ています。
何を考えているのかは、もちろんわかりません。
でも、こうして同じ部屋で過ごしていると、言葉にできない小さなやりとりが、たしかにあるように思います。
ごはんの前に座ること。
お気に入りの場所を選ぶこと。
窓の外を見ること。
こちらを見て、ゆっくりまばたきをしてくること。
そういうひとつひとつが、暮らしの輪郭をつくっているのかもしれません。

夕方、わたしが作業をしていると、いつの間にか近くに来て、ニャーと鳴きながら椅子に座ろうとします。
強引に飛び乗って、わたしの背中と椅子の背もたれのすき間に入り込みます。
狭いのに、そこがお気に入りのようで、ゴロゴロ言いながら寝ています。
そのまま、しばらく一緒に過ごします。
夜になると、またごはんの器の前に座っています。
特別な出来事は、たぶん何もありません。
毎日、ほとんど同じです。
でも、その「同じ」を見ている時間が、いちばん長くて、いちばん大事な時間なのかもしれません。
今日も、ペリタロウは静かに過ごしていました。